福島市の菓子食品卸売業がDXで「攻めの経営」に転換するまで

DX・生成AIコラム

「菓子食品卸は斜陽産業だ」——この企業の代表は、自社が属する業界をそう表現しました。

対象地域・業種

山形県・福島県・宮城県を中心に、南東北の中小企業、製造業・建設業・卸売業などにも通じる視点です。

現場で見る共通点

ツール導入そのものより、業務整理、社内合意、定着までの進め方が成果を左右します。

POINT

この記事の要点

1

導入前の状況: 1日100件の電話が鳴り止まない

2

DXに踏み出したきっかけ: 「退職届」という危機信号

3

取り組みの全体像: 段階的に進めたデジタル化

「菓子食品卸は斜陽産業だ」——この企業の代表は、自社が属する業界をそう表現しました。

福島市にある菓子食品卸売業。従業員約60名。コンビニやスーパーの台頭により、地方の卸売業は年々厳しい状況に追い込まれています。かつては地域の小売店に商品を届けるインフラとして欠かせない存在でしたが、流通の大手化・効率化の波の中で、存在意義そのものが問われるようになっていました。

私はITコーディネータとして、この企業のDX推進を間近で見てきました。この記事では、「斜陽産業」を自認する卸売業が、DXによってどのように経営を変えていったのか、その過程と学びをお伝えします。


導入前の状況: 1日100件の電話が鳴り止まない

この企業が抱えていた最大の問題は、受注業務の非効率さでした。

「1日100件の電話」

朝から夕方まで、得意先からの電話が鳴り止まない。FAXでの注文も大量にある。1件1件の注文を手作業で伝票に起こし、倉庫に指示を出す。繁忙期には受注処理だけで手一杯になり、新しい提案営業どころではありませんでした。

この状態は、卸売業に共通する構造的な問題です。

  • 受注処理に時間を取られ、営業活動ができない
  • 手入力によるミス(数量間違い・品番違い)が頻発する
  • 特定の社員しか対応できない業務がある(属人化)
  • 繁忙期に残業が常態化する

代表は、このままでは会社の未来がないと感じていました。しかし、「うちのような中小企業にDXなんて大げさだ」という気持ちもあったといいます。


DXに踏み出したきっかけ: 「退職届」という危機信号

この企業がDXに本気で取り組むきっかけは、皮肉にも人材の流出でした。

「退職届を持ってこられた時には遅い」

代表のこの言葉は、多くの中小企業経営者に刺さるのではないでしょうか。社員が辞めたいと思い始めてから退職届を出すまでには、長い不満の蓄積があります。退職届が出てきた時には、その社員の気持ちはすでに固まっています。慰留しても遅い。

この企業では、若手社員から「この会社にいても将来が見えない」という声が出ていました。受注の電話を取り、伝票を書き、倉庫に指示を出す。この繰り返しに、若い社員は成長の実感を持てなかったのです。

代表は気づきました。業務のデジタル化は、業務効率化の問題であると同時に、人材定着の問題でもあると。


取り組みの全体像: 段階的に進めたデジタル化

この企業のDXは、一気に進めたものではありません。段階的に、1つずつ課題を解決していくアプローチを取りました。

フェーズ1: 受注業務のデジタル化

最初に手をつけたのは、最大のボトルネックだった受注業務です。

  • Web受注システムの導入: 得意先がスマートフォンやパソコンから注文できる仕組みを構築
  • FAX受注のOCR化: FAXで届いた注文書を自動で読み取り、データ化する仕組みの導入
  • 基幹システムとの連携: 受注データが自動的に出荷指示・請求に連動する仕組み

これにより、1日100件の電話が大幅に削減されました。得意先にとっても、24時間いつでも注文できるメリットがあり、移行は比較的スムーズに進みました。

フェーズ2: 社内コミュニケーションのデジタル化

受注業務の次に取り組んだのは、社内の情報共有でした。

  • ビジネスチャットの導入: 電話や口頭での伝達を減らし、記録が残る形に
  • 日報のデジタル化: 手書きの日報をスマートフォンから入力する形に変更
  • 情報の一元化: 得意先の情報、商品情報、在庫情報を一箇所で確認できる仕組み

フェーズ3: データを活用した営業への転換

受注処理の自動化で生まれた時間を、営業活動に充てることができるようになりました。

  • 得意先の購買データ分析: 「この得意先はこの商品を定期的に購入している」「この時期にこの商品が伸びる」といった分析
  • 提案型営業の実践: データに基づいて「この商品を置いてみませんか?」と提案できるように
  • 新規開拓への時間確保: 既存得意先の受注処理が自動化されたことで、新規開拓に割ける時間が生まれた

ツール乱立の失敗と学び

ここで正直にお伝えしなければならない点があります。この企業は、DXの過程で失敗も経験しています。

「あれもいいんじゃないか、これもいいんじゃないかって手当たり次第やっていったら、正直、社員の人たちが若干混乱した」

様々なITツールに興味を持ち、次々と導入していった時期がありました。チャットツール、タスク管理ツール、営業支援ツール——それぞれに良い機能があり、代表は「これも使えるのでは」と意欲的に取り入れていきました。

しかし、結果として起きたのは社員の混乱でした。

  • 「今日からこのツールを使って」と言われても、前のツールとの違いがわからない
  • 情報があちこちのツールに分散し、どこを見ればいいかわからない
  • ツールごとにログインが必要で、切り替えが面倒
  • 「また新しいのを覚えるのか」という疲弊感

この失敗から、代表は重要な教訓を得ました。

「ツールは少なく、深く使う。」

導入するツールを絞り込み、1つのツールを全員が使いこなせるようになってから次のツールを導入する。この方針に切り替えてから、社員の混乱は解消されていきました。


中間CTA: DXに取り組みたいが進め方がわからない方へ

「うちも同じような状況だが、どこから手をつければいいかわからない」という方は、まず現状の業務を整理するところから始めませんか。

ITコーディネータが、御社の業務の全体像を一緒に可視化し、最初の一歩をご提案します。

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人材の変化: 「友達に自慢できる会社」へ

DXの成果は、業務効率の数字だけでは測れません。この企業で最も大きな変化は、社員の意識と誇りでした。

「友達の会社と比べて偉そうに言えるようになる」

代表がDXの目標として語ったこの言葉は、一見すると軽い表現に聞こえるかもしれません。しかし、中小企業の採用と定着において、これは極めて重要な要素です。

地方の中小企業、特に「斜陽産業」と言われる業種では、社員が自社に誇りを持ちにくい構造があります。友人が大手企業やIT企業で働いている中、自分は「食品卸の電話受注係」。このギャップが、若手社員の離職につながっていました。

しかし、DXに取り組んだ結果、社員は以下のような変化を実感できるようになりました。

  • 「うちの会社、Web受注システム使ってるんだよ」と友達に言える
  • 「データ分析して営業提案してる」と自分の仕事を誇れる
  • 「残業が減った」「休みが取れるようになった」と生活の質が上がった
  • 「斜陽産業だけど、うちはちゃんとやってる」という自負心

DXの本質的な価値は、社員が「この会社で働いていてよかった」と思えるようになることかもしれません。


DXがもたらした数字の変化

DXの効果を定量的に把握することは重要です。この企業が公開している範囲で、変化を整理します。

項目 DX前 DX後
電話受注の件数 1日100件以上 大幅削減(Web受注に移行)
受注処理にかかる時間 午前中いっぱい 例外対応のみに集中
営業活動に使える時間 ほぼなし 午前中から営業に出られる
社員の残業時間 繁忙期は常態化 繁忙期でも抑制
新規得意先の開拓 既存対応で手一杯 提案型営業を開始

特筆すべきは、「コスト削減」以上に「時間の創出」が大きな成果だったことです。 受注処理に費やしていた時間を営業活動に振り替えたことで、売上の向上にもつながりました。

卸売業にとって、「受注を待つ商売」から「提案で売る商売」への転換は、ビジネスモデルそのものの変革を意味します。これこそが、「デジタル化」を超えた「DX」と呼べる変化です。


「斜陽産業」という自己認識との向き合い方

この事例で印象的だったのは、代表が「斜陽産業」という自己認識から逃げなかったことです。

「菓子食品卸は斜陽産業」

多くの経営者は、自社の業界が厳しい状況にあることを認めたがりません。「うちはまだ大丈夫」「業界全体は厳しいが、うちは違う」——こうした認識の甘さが、変革のタイミングを逃す原因になります。

この企業の代表は、業界の構造的な問題を直視したうえで、「だからこそ変わらなければならない」という決意を固めました。この覚悟が、DXプロジェクトの推進力になったのです。

斜陽産業であることは、DXをしない理由にはなりません。むしろ、斜陽産業だからこそDXが必要なのです。 既存のやり方では生き残れないからこそ、デジタルの力を借りて新しい価値を生み出す。それがDXの本質です。


成功のポイント: なぜこの企業はDXを進められたのか

この企業のDX推進から、他の中小企業が学べるポイントを整理します。

ポイント1: 代表自身がプロジェクトを牽引した

システム導入を担当者任せにせず、代表自身が「なぜやるのか」を語り、判断を下し続けました。社員への説明会も自ら行い、「会社の未来のために必要な投資だ」と繰り返し伝えました。

ポイント2: 段階的に進めた

全てを一度にやろうとせず、「受注業務 → 社内コミュニケーション → データ活用」と段階を踏みました。1つの取り組みが定着してから次に進む。この順番が社員の混乱を最小限に抑えました。

ポイント3: 失敗を認めて軌道修正した

ツール乱立という失敗を経験した際、「自分が間違っていた」と認め、方針を転換しました。失敗を隠さず、学びに変える姿勢が、社員からの信頼につながりました。

ポイント4: 「何のため」を常に問い続けた

「業務効率化のため」ではなく、「社員が誇りを持てる会社にするため」「斜陽産業でも戦えることを証明するため」という大きな目的を持ち続けました。この「Why」が、困難な局面での推進力になりました。

ポイント5: 外部の支援を活用した

社内にIT専門人材がいない中で、ITコーディネータや外部パートナーの支援を活用しました。ただし、丸投げではなく、あくまで自社が主体的に進める中でのサポートとして位置づけていました。


卸売業のDXに共通する課題と解決の方向性

この事例は福島市の菓子食品卸売業のケースですが、卸売業全体に共通する課題と解決の方向性があります。

共通課題 解決の方向性
電話・FAX中心の受注処理 Web受注システム + OCRの導入
営業が受注処理に追われる 受注自動化で営業時間を確保
得意先のデータが活用されていない 購買データ分析 → 提案型営業
社員の定着率が低い 業務のデジタル化で働きがいを向上
属人化した業務 情報の一元化・マニュアル化
在庫管理の精度が低い リアルタイム在庫管理システムの導入

これからDXに取り組む卸売業へのロードマップ

この事例を参考に、これからDXに取り組む卸売業の経営者に向けたロードマップをまとめます。

第1段階(0〜6ヶ月): 受注業務のデジタル化

  • 電話・FAX中心の受注をWeb受注に移行する
  • 全ての得意先を一度に移行する必要はない。まずは協力的な得意先10社から始める
  • 「スマホから注文できるようになった」と得意先に喜んでもらえれば、口コミで広がる

第2段階(6〜12ヶ月): 社内の情報共有基盤を整える

  • ビジネスチャット、日報、顧客情報の一元管理
  • ツールは1つずつ。「全員が使えるようになってから次」が鉄則
  • この段階で「デジタルツールは便利だ」という社内の空気が生まれる

第3段階(1〜2年): データを活用した経営判断

  • 蓄積された受注データ、顧客データを分析
  • 提案型営業への転換
  • 在庫管理の最適化、物流の効率化

第4段階(2年〜): ビジネスモデルの変革

  • 新しいサービスの開発(サブスクリプション型の定期便、EC直販など)
  • 取引先との共同プラットフォーム構築
  • 業界内での差別化の確立

大切なのは、「第4段階を目指しながら、第1段階から始める」ことです。 いきなり第4段階にジャンプすることはできません。地道なデジタル化の積み重ねが、やがてビジネスモデルの変革につながります。


まとめ: 「斜陽産業」でもDXは可能

この事例から伝えたいことは、DXは大企業だけのものではないということです。

従業員60名の菓子食品卸売業。「斜陽産業」と自認する業種。地方都市の中小企業。こうした条件の企業でも、正しい進め方でDXに取り組めば、業務効率化だけでなく、社員の意識変革、営業力の強化、人材の定着という成果を得ることができます。

大切なのは、以下の3つです。

  1. 経営者自身が「なぜやるのか」を語ること
  2. 段階的に進めること(一気にやらない)
  3. 失敗を恐れず、軌道修正する覚悟を持つこと

末尾CTA: 卸売業・流通業のDXをお考えの方へ

ITC南とうほくでは、卸売業・流通業のDX推進を支援しています。「何から始めればいいかわからない」「うちのような小さな会社でもできるのか?」——そうした疑問にお答えします。

まずは現状の業務課題をお聞かせください。ITコーディネータが、御社に合ったDXの第一歩をご提案します。

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DXやIT導入の進め方に迷ったら

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